蟻の夢(ありのゆめ)




 夕方に食べ残してしまった西瓜の上に、種ではない、黒い物が乗っていた。

 目を凝らすと、それは二匹の虫で。

 虫は、蟻だった。
列をなすのが蟻ではないのか、何故たった二匹でこの赤い山の上にいるのか。


 無意識に手を伸ばしていたようで、横に寝ていた銀時が覆い被さってきて腕を掴まれる。

「…なに」

 鬱陶しそうな、機嫌の悪い声で銀時が問う。


 夜になっても一向に涼しくならず、蒸し暑い。


 不用心ではあるが、雨戸も障子も全開で、虫が入ってくるのは道理というものだ。
きっと気配がしないだけでこの蟻以外にも色々と入りこんでいるに違いない。


 それに人里離れた一軒家ではあるが、障子を全開にして睦み合う等、正気じゃないかもしれない。


 月明りが赤い山と黒い徘徊者を露わにする様。不鮮明な鮮明さが夢のようだ。細部は認識するのに覚えていないような曖昧さ。


 背後に寝ていた銀時が体を起こす気配。振り返ると、白い寝間着から白い身体が覗いている。
そして白い頭。闇に浮かぶ白。


「それ食ったらヤバイだろ」


 食べる為に手を伸ばしたわけではないのだが。


「食うわけねェだろ…、テメェじゃねェんだから…」


 ひどく声が出しにくい。この声は音になっているのだろうか?


「俺そんな事したっけ?え、何、そういうイメージなの、俺」


 銀時と目が合う。


 夜の闇の中なのに、銀時の目の色が赤いのが判る。
銀時の口調は軽いものだが、口元が笑っていても目が笑っていない。

 もうとっくに熱は下がったようで、銀時の体温と自分の体温がほぼ同じになって、触れ合った体には境界がない。


 暑さで溶けたのか等と馬鹿な事を考える。熱がないのに、馬鹿のまま。


 夢の中のまま。



 これは俺の夢じゃないな、蟻が見てる夢だ。


 江戸は崩壊して、街は廃墟のようになって、一体どこから西瓜等調達できるというのだ?
二匹の蟻が、西瓜を欲して観てる夢だ。


 銀時が再び横に寝転んで、俺の身体を、自分の方に完全に向ける。欠けた左腕が下になって、疼く。
手櫛で髪を梳いてくる。隠れている潰れた左目を露わにされる。


「銀時…」


 やはり声が、出し辛い。


「銀時…」


 壊れた再生機器みたいに銀時の名をぽつりぽつりと呟く。
銀時もそれに、あぁだのうんだのと答える。


 お互いがお互いのひとみを見つめながら。


 コイツも大概壊れている。


 先程まで蒸し暑かったのが嘘のように、急に気温が下がった気がした。


 葉擦れの音がする。
風が出てきたようだ。微動だにしなかった淀んだ空気が動く。


 ゆらゆらと。



 するりと、銀時の白い着物の中に右手を忍ばせる。汗でしっとりとした肌を撫でて、背中に腕を回す。
もうこの世にはない腕も絡める。


 そうすると、銀時はもっと強い力で抱き締めてくる。強い力で体を撫でまわす。


 何か言いたげな抱擁というのは殴られるより、よっぽど痛い。


 閨で殴られた事など一度もないが、そうしてくれた方がずっといい関係だったのかもしれない。
殴られっぱなしでは終わらせないから。


 銀時が、喉に食らいつく。
正しく食らい付くといった感じで、この男はいつも歯形だのの痕を残す。


 俺の思考でも読んで、朝になっても消えない痕を残す事で
この夜が夢ではないとでも言いたいのだろうか?


 夢から覚めてしまうのもまた一興と考えているのか?


 先程も抱き合ったというのに、またお互いの前が張ってきたのが判る。
こちらから銀時の茎に触れる。

   銀時はもっと触れとばかりに腰を押し付けてくる。
こういう時だけはお互い素直だと苦笑した。


 まだ少し柔らかさの残るそれを握って芯を持つ感触を楽しむようにゆっくり上下させる。


「あ、ゴムねーわ。さっき使い切ったんだった」


 銀時がゆったり動きながら耳元で囁く。


「つまり?」


「えー…、つけないでやります」


 本当に、こういう時だけは素直だ。


 横目で部屋の中を見渡して、外を見る。月が空にいて、庭の草木を浮かび上がらせる。
色の無い世界で西瓜と銀時の瞳だけが赤く見える。

 壊れた二人に似合いの壊れた世界が横たわる。


 饐えた西瓜の匂いが鼻腔に届いた。時間というものはあるらしい。蟻の夢でも時間の概念がある。
ならばこの世界でも朝日は昇るのだろうか。一番暗い闇を伴って。


 このまま二人でそれを待つのも悪くない。

 西瓜の匂いではなく、銀時の匂いでも嗅ぎながら。

 銀時の頭を抱き寄せる。

「お互いオッサン臭くなったよね~」

 匂いを嗅いでるのを察した銀時がそんな事を言う。


「てめェの匂いは嫌いじゃねェよ」

「……」

「こういう時だけは素直だな、お前」




ヒトコト(20170826)
続きます。

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