蟻の夢/el paradiso(t) (ありのゆめ/パラダイソ たかすぎ)




【現世は夢】

 朝から太陽がチリチリと土と草木を焼いている。今日もまた暑くなりそうだ。

 毎日家事をする為にこの家に通っているおなみが、井戸端で洗濯をしている。
いつの間にか家中の掃除を終わらせている。手際がいい。

 先日、銀時がこの娘の親に、もう手伝いは必要ないから寺子屋にでも通わせてやってくれと
言いに行ったそうだが、親は首を縦にはふらなかったらしい。

 学校に行かせるよりは、少しでも金になる事をやらせたいらしい。

 おなみは10人兄弟の6番目の子だという。家に帰れば弟妹の面倒を見て、ここでは片輪者の世話か。

 庭に向かって煙管の煙を薄く吐く。


   おなみは身体が小さく見えるが、骨がしっかりしていて、見た目以上にガッシリしている。
洗濯板に洗濯物を力強く擦りつける姿はとても12歳の娘には見えない。

「…お前さんよぉ」

 呟いた程度の音量ではあったが、多少離れたところにいたおなみには聞こえたようで、
手を休めて不思議そうにこちらを見つめる。

「いいや、なんでもない」

 おなみは暫くこちらを見つめていたが、再び洗濯に没頭する。

 この娘が娘ではない事に気が付いていた。
ここにきた時よりもぐっと口数が減ったのは、声が変わったからなのかもしれない。

   元々無口な子ではあったが。


 何故、娘の格好をしているのかなんて事は詮索しない。
知ってもどうする事も出来ないし、何の問題もない。

 銀時が雇った子だから身元もしっかりしている。もし、自分の命でも狙ってくるようだったら…。
昔ならいざ知らず、今の自分にその価値があるとも思えないが。


 情けない話だが、気が付いたらこの家の床の上だった。まだ傷口が焼けるように痛む時。
あの戦から一月以上たっていると聞いた時は耳を疑った。
何故か記憶は曖昧で、覚えているのは断片的な事だけ。いつ腕を失ったかも覚えていない。


   それは、覚えていなくてもいいことだ。
自分の身体なんぞいくら傷付いても問題にする事じゃない。


   江戸の人間は逞しく…いや、もう江戸ではない。この国は生まれ変わるのだという。
自分もその時勢の中にいるはずなのに、実感がない。

 本当だったら死んでいたのかもしれないのに、
今はこうして季節の空気を感じて、ゆったり煙草をのんで過ごしている。

 こうしていると昼間はまるっきり現実で、銀時がやってくる夜の方がおかしいのだと気付く。
それに、先日は季節外れの風邪を引いて床に臥していたせいで、昼間からおかしな夢を沢山見た気がする。
自分が本当はもうあの戦で死んでいる夢。

 俺と銀時は大量の血液に塗れていた。

 いいや、死んだのは銀時で、ここに来るのは奴の霊なのかもしれない。

 あの怖がりが、自ら幽霊等というものになるとは思えないが。

 ククッと笑うと、洗濯を終わらせたおなみが、また不思議そうにこちらを見つめていた。

「おいで」

灰落としに雁首を叩きつけて立ち上がる。左腕がなくてもなんとかなるようになってきた。

「?」

「勉強の時間だ」


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 新しいものがどんどん入ってくるだけでは生活は安定しない。
安定しなければ当然不安を覚える。急激な変化は不満をうむ。ないがしろにされたと感じたら尚更だった。

 農村部での暴動が増えたと聞いた。自分の住んでいる所も例外ではなく、
つい先日新政府との小競り合いが起きたそうだ。


 勉強させても無駄だと親に言われたらしい娘は、存外覚えがよく、
読み書きはあっという間に出来るようになった。

 相変わらず無口でほとんど会話する事はないが、時々
「シンさん」
 と呼んで笑顔を見せてくれるようになった。



「随分仲良くなったんじゃねーの?」

 銀時は少しだけ拗ねているような口調で言った。
最初に知り合った自分よりこっちに懐いたのが面白くないとでも言うのか?

「当たり前だろ。昼間はずっと一緒なんだから」

 縁側で橙色に染まっていく空を眺めつつ、銀時は団子をパクつく。
仕事先でもらってきたそうだ。それにしても、しそりんご味ってなんだ?
怪訝な顔で団子を見つめていると銀時が団子を差し出してくる。

「さっぱりしててうめぇよ。甘さは物足りないけど」



   銀時がここへ顔を出すのは週に二日くらい。決して多くはない。
ここの家賃もあるだろうから、仕事は選んでいられないのだろう。
深夜の仕事も多いようだ。

 そしてここに来る時は古本を大量に持ってきたりする。本屋でも
やるのかと聞いたら

「いいねぇ、古書店店主ってのも。隻眼隻腕なんて珍しいんじゃね?
実は陰陽師ですってくらいキャラたってんじゃね?」


 何を言っているのかサッパリだったが、銀時は機嫌よく本棚を作っていた。
何でもこなす奴だなと思う。でも確か絵は下手だったような気がする。

「今度三味線持ってきてやるよ、なみちゃんに教えればいい」


まるで


俺をここに閉じ込めるように次から次へと。


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 銀時は実は静かに、怒っていたらしい。
判りやすい時もあれば、判り難い時もある。

 あの後閨でそう感じただけだが。


 昼間にこの辺をうろついている浪人を数人、のした事が気に入らなかったのか、
それとも他に理由があるのか。


 おなみに買い物を頼んで、おなみが丁度家の手前まで戻ってきた時、数人の浪人に囲まれた。
騒ぎに気付いた俺が出ていって、ヤツラの刀を奪ってやり返した。


 新政府の警官も来る様子はない。ヤツラは誰にやられたかも言わないだろう。
隻眼隻腕の男にやられたなんて死んでも口にするとは思えない。

 だから、何も問題はない。


 一つ気になるのはおなみの態度だった。

 おなみは怯えていた。刀を振り回す俺に恐れを抱いたのかもしれない。
もうあの戦から大分時間が経っている。刀なぞ見た事もないという者が、これからどんどん増える。

 これが時代が流れるという事か。


 もう無い筈の左腕が、しくしくと痛んだ気がした。



 よそよそしくなったおなみは、時々探るようにこちらを見るようになった。
心配しなくても、誰彼構わず切る等という事はしないというのに。

 仕方ない。

そう思っていたが、おなみは違う事を考えていたのが後で判った。


 いつものように、おなみは食事の片付けを終え、あとは家に帰るだけという時分。
突然おなみは俺の前に正座して「話がある」という事を目でうったえる。

「一体なんだってんだ?」

 おなみは、指をそろえて、額を畳に擦りつけんばかりについた。

「先日はご迷惑をおかけしました。助けていただいて有り難う御座います」

 声は掠れて出にくそうだ。声変わりか。

「あぁ、そうかい」

 先程おなみが入れた茶を口に運ぶ。

「これを隠しておくのは気がひけましたので、全部お話します。そうしたら私の問いにも
答えていただけますでしょうか」

 問い? 一体何を訊きたいのかは判らないが、あまりにも深刻に話すので

「あぁ」

 とこちらも姿勢を正す。
おなみは頭を上げて、こちらを真っ直ぐ見据えた。


「あたし…私は子供の身でありながら、夜な夜な路地で体を売っておりました。
先日の浪人は昔のお客です。私を町でみかけて、あとをつけて来たのだと思います」

「家を飛び出したのは家族の無理解に腹を立てたからでございます。
私は男として生まれましたが、自分を男だと思ったことはないのです」

 俺は静かに首を縦にふる。
おなみは、切なそうに目を伏せる。

「坂田さんは時々声をかけてくださいました。
お客としてではなく…寒くないのかとか、腹減ってないかとかただの世間話をしました。
正直に申しますと、あの頃の私はお金にならない人との付き合い等無駄だと考えておりましたから
坂田さんの事は鬱陶しいと思って、私を買わないなら消えろとまで言った事があります」

 子供の身でありながら、随分しっかりしている。その頃はまだ10歳そこそこだっただろうに。

「それであの戦が起きて…。戦が起きても商売が滞る事はありませんでした。危ない目には何度も
あいましたが…。
戦が終わって、暫くしたら坂田さんが現れたのです。あんたを買うよと言って」

「……」

「愈々この男も他の男と変わらず形振り構っていられなくなったかと思ってついてきたのです。
それがこの家で、意識のない貴方がいました。私に貴方の身の周りの世話をして欲しいと言うのです」

「貴方は一向に目を覚まさず、具合もとても悪い状態でした。お医者様も危ないとずっと仰っていて…」


   おなみの眼尻が光った気がした。


  「世話になったな、助かったよ」


 おなみが顔を上げて、歪んだ笑顔を見せる。首を横に振る。
そして、辛そうにこう言った。

「私が訊きたい事は一つです」



「貴方は高杉晋助様ですか」


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【銀灯花】

 俺の目の前には、鬼の面をした男が立っていた。
白髪頭で、白い装束を着ている。

 それで自分が死んだ事が判った。自分も白い装束を着ていたから。

「銀時…」

 顔は見えないが、銀時だと判る。銀時以外である筈がないからだ。

「お前も行くのか、地獄へ」

 銀時は静かに、頷いた。


   死ぬなと言った男が、実際に死んでみるとアッサリとあの世へ行くんだなと思った。

「お前は戻れ」

 ふと気付くと、周りは赤い花で埋め尽くされていた。

 彼岸花。

 この頃秋の気配を感じていたから。


「お前は銀灯花だな」


   白彼岸花は珍しい。幻の花。


「お前がいなくなったら…皆清々するだろうが、戻りな」


「俺はコイツラ全員連れていくからよ」


 ずっと先まで広がる彼岸花の群れを見渡す。


 そして


 銀時に向き直ると


 面を着けていない銀時が


 刀を構えていた。


 斬られる。


 そう思ったが身体が動かなかった


 勝負だったらいざ知らず、これは勝負ではない。だから。


 奴が俺の左腕を落とす瞬間までを、見届ける。

 銀時の囁きが、まるで耳元で話しているように聞こえる。


「」


ヒトコト(20170826)
続きます。

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