愛も花もない/揃い





まだ梅雨明けの宣言を聞いていない。でも、もう空には夏の雰囲気があった。深い青。


「あ!?」

 銀時が玄関で変な声を上げた。

「? なんだよ」

「高杉、これどこで買った」

 そう言って今俺が出したスリッパを指差した。

「どこって…。たまたま見てた通販雑誌でなんとなく…」

 そう、普段は通販の雑誌等あまり見ないが、母親が置きっぱなしにしていた雑誌が、妙に気になった。
花柄のスリッパが嫌だったので、もっとシンプルなデザインのスリッパが欲しかったというのもある。

「通販? マジか…」

 暫し、銀時は考え込んだ。

 幼馴染の銀時とは、中学に上がってからもよくつるんでいた。クラスが離れても、授業以外はなんとなく一緒にいた。
こいつはいつの間にか、隣にいる。それに今までなんの疑問も抱いてこなかったが、たまにこの男が判らない時があった。

 こんな風に小さい事が気になってる様子の時。考え込んでいる時。ボーっと何処か遠くを見ている時。
そして、たまに俺をじっと見つめてたりするのも知っている。
何か言いたい事があるなら言えばいいのにと思っているんだが、それをずっと言い出せずにいる。


「…懐かしいデザインだと思っただけ」

 そう言ってヘラっと笑った。
こうやってまた深い疑問を俺に持たせる。懐かしいってなんだ。
メーカー定番のデザインらしいからどこかで見ただけじゃないのか?

 銀時は先程のスリッパを履いて、「おじゃましまーす」と誰にともなく言った。


 いつも俺の家には人がいない。皆仕事仕事で殆ど家にはいない。
両親の仕事が順調なおかげでこうして裕福な生活が出来ているし、自由にさせてくれるから文句もないが。

 自分の部屋までいくと、俺も銀時も適当に鞄を放る。そして銀時はいつもの定位置である、ベッドの上に座った。
銀時は大体うちのクーラーとゲームを目当てにやってくる。 …それからもう一つ。

「なんか飲む物とってくる」

 そう言うと、

「後でいい」

 と銀時が俺の手首をとって腕時計を外した。 手首に少し残っている時計の痕をなぞる。

 中学に入って直ぐ、友達同士の間で回ってきたAVを二人で観賞していたら、お互いの前で自慰行為に耽ってしまった。
それから段々と、お互いのモノを触って…しごき合いまでするようになった。

いくら幼馴染でも普通はここまでしないってことは判る。
終わった後の気まずさは慣れないし、最中に銀時の顔を見た事はない。見たくなかった。

 なんとなく。お互い付き合ってる女子もいないし、なんとなく続けている。
どちらかに彼女が出来たら終わるんだろうなと思いながら続いている。
 実際銀時はモテてる。よく女子に腕を絡まれたりしているし、直接銀時から聞いたわけではないが、何人かに告白もされたらしい。

 噂ばかりが耳に入ってくるが、コイツはいつも俺の前では変わらない。
それが、少しだけ不満だった。


 考えを読まれたように、手首を強く引かれた。

「するのか?」

「相変わらず、まだこのジジ臭い時計してんの」

 貶しておいて、何故か目だけは愛しそうにそれを見る。

「うるせぇ。ガキの頃祖父さんがしてるの見て、どうしても欲しいって言ってもらったんだよ」

「へぇ…」

 何故、そんな目で。


   腕を引かれてベッドに座る銀時の腿をまたぐように座らされた。
履いていたスリッパが床に落ちた。銀時の頭が、顎にぶつかる。

「ってぇ…っ」

 抗議の意味を込めた呻きは完全に無視されて力強く抱き締められる。

「銀時…?」

 苦しいと言おうとしたが、黙してされるがままになった。体の形を確かめるように、銀時は両手で俺の体を触る。
いつもの触れ方と違うのが少し怖くなった。これは恐ろしい行為ではないかと。

 制服のシャツの上から、銀時の唇が胸の突起を探し当てて触れる。
慌てて体を離そうと両手を銀時の胸に当てて突っ張ろうとしたが、銀時も両腕で押さえこんできて身動きがとれない。

 確かに体格差はあるが、これ程力に差があるとは思わなかった。
少し焦っている心の中を読まれたくなくて手で突っ張るのは止めて、かわりに銀時の頭を抱く。クセの強い銀髪をさわさわといじる。

 銀時が熱い息を吐いたのが、自分の胸に伝わってきた。

「スリッパも時計も同じ」

「?」

「俺が昔使ってたヤツと同じ」

 …意味が判らなかった。昔っていつだろう。
そう言えばさっきも懐かしいとか言ってたけど、小学生の頃の事か?
 

「この部屋にも、見覚えあるものがある」


 銀時の声は掠れて聞き取り難かった。


「何度も」


「近付かないようにしようって思ってたんだけど」


「悪ぃ」

 それが銀時の口からはじめて聞いた謝罪ととれる言葉だった。
銀時が履いていたスリッパを、そっと脱ぎすてた音がした。


 銀時に強く抱き締められたまま、ベッドに二人横になる。ここまできたらもう、何がこの後起こるのか想像がついた。
唾を飲み込む音が響いたのではないかと思う程の不自然な静寂。何か別の音が欲しい。この行為の音だけが耳につくのは恥ずかしい。


 衣擦れ、肌がぶつかる音。

 水音、荒い息。


 今までだって聞いた事があるのに、目的が変わっただけで別の音に聞こえる。


 そして初めてお互いがお互いの全裸を見た。いつもは必要なところだけ出して、それですんでいたし、脱ぐ必要はなかったから。
二人の体はとても似ていた。体格とか筋肉じゃなく、何故かお互いの体にはあちこちに傷のようなアザがあった。

 二人ともプールの授業にも出た事はないし、皆の前で上半身裸になった事もなかったから知らなかった。
別に自分は痣に対してなにも感じた事はなかったが、なんとなく、誰にも見せてはいけない気がしていた。

 銀時はどうだったのか知らない。銀時も同じだったのかもしれない。


 銀時が、俺の左肩の痣をベロリと舐めた。恥ずかしいし、くすぐったい行為だが、なんだかわけも分からず嬉しかった。


 でも、幸福な気持ちはこの時だけだった。




ヒトコト(2017/08/31)
初出はpixivで、Twitterの週間銀高さんのお題「お揃いのスリッパ」用に書いたものでした。
こちらのサイトに載せる際に加筆してます。続きます。

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