愛も花もない/約束





約束

約束

約束

約束したのに。


そう空に向かって言ったあの日。


何度も何度も何度も同じように約束は果たされず。


わかってる。一方的な約束だったという事くらい。奴は奴で別の約束を交わしたつもりだったって。
お互い勝手に宣言した事で、拘束力なんか少しもないのに。



 夢を見て飛び起きた経験なんて、今まで無い。それなのに、ここのところほぼ毎晩悪夢を見る。
しかも体中びっしょり汗をかいていた。こんなに心臓が早鐘を打つほど恐ろしい夢をみたというのに、
自分はその夢を全く覚えていなかった。

 頭上にあるスマホに手を伸ばす。時刻は深夜3時。
深夜というか、この時期だったらもうすぐ夜が明ける時間じゃないかとスマホをベッドの上に雑に投げ出す。

 身もベッドに投げだしたかったが、汗が気持ち悪くて寝ていられない。
シャワーを浴びようと、リモコンで室内灯を点けてクローゼットを開けた。着替えを手に、浴室へ向かう。


 この悪夢は、あのことが原因ではないかと疑ってしまう。

 幼馴染の銀時とのセックス。

 今まではセックスとはっきり言えるような事はしていない。
はずみでお互いの目の前で自慰行為をすることになって、お互いのモノに触れるようになった。

 いくら幼馴染でもこんな事をするのは普通じゃないというのは判る。
 正直言って一人でやるより、気持ち良かった。

 自分以外の者の手が自分の体に触れる事がこんなに気持ちがいいものとは思わなかったし、
銀時と二人きりになると、もしかして今日はやるのだろうかと心待ちにしている自分がいた。

 何も無かった日はなんとなく気が沈んだ。

 認めたくなかったから、自分からやろうとは言えなかった。
だからと言って銀時からやろうと言われた事もなかった。

 なんとなくそんな雰囲気になると、どちらからともなく手を伸ばす。
お互いの気持ちが通じたような錯覚がする瞬間。それにも自分は酔っていたのかもしれない。


 1週間前に、いつもとは違う行為までやった。キッカケがなんだったのかは判らない。
その日の銀時の様子は、いつもと少しだけ違っていた。
 ただ、買ったばかりのスリッパやら時計の話をしただけ。銀時はそれを懐かしいと言った。 
夢の中のような出来事だったから、最中に銀時が何を言っていたかはよく覚えていない。
また繰り返すとか、傷付けるとか、俺の中で果てるまでうわ言のように呟いていた。


 あの後の始末が大変だったから、こんな悪夢を見るのかもしれない。初めてのセックスは気持ち良いばかりのものでは無かった。
始終焦燥感のような、おかしな感覚が付きまとっていた。

それに、 銀時があまりにも苦しそうにしていたから。


   シャワーを浴びながら、あの日の行為を反芻している自分に気がついて恥ずかしくなる。
全然良い思い出じゃないのに。いや、良く無かったから余計頭に刻み込まれた気がする。

 あれから銀時は学校を休んでいた。銀時が住んでいる施設に連絡したのだが、どうやら風邪を引いたらしく寝込んでいるそうだ。
もうすぐ夏休みだから、もしかして一度も学校に来ないつもりなのかもしれない。

  「寝込みたいのはこっちだ…」

 不満はシャワーの音にかき消された。




 夏休み1日目。ついに学校に来なかった銀時に会うために、銀時のいる施設に行く事にした。担任に頼まれた手紙やら何やら渡す物もあったからだ。
一応幼馴染ではあるが、こんな事は初めてで少しだけ緊張した。アイツが普段生活している所なんて見た事がなかったから。

   銀時は幼い頃から両親がいないそうだ。それで、この街にある施設で暮らしている。
「小鳥園」と呼ばれているその施設は所謂孤児院というものだった。近くに支援学校があることから、他県の子供も多いと聞いた。
想像もつかない生活を送っているんだろうなとぼんやり考えながら、小鳥園へ自転車を走らせた。

 丘の上にある小鳥園からは自分が住む街が見渡せた。 先程まではじわじわと蒸し暑かったのに、ここに来た途端、涼しい風が吹く。
小鳥園の門は閉じており、「御用の方はこちらからどうぞ」という案内板に従って裏側に回った。既に電話はしているので、事務員の取次はスムーズだった。

 寺田という園長は着物を着こなす年配女性で、孤児院の園長というよりは、渋い飲み屋にいそうな身なりだ。
はじめこそ態度が最悪だと思ったが、話してみるとそう悪い人間でもないと思えるようになった。


 暫し雑談をした後、応接室から出る。廊下まで子供の声が響いていた。

「銀時! こっちおいで!!」

 子供でごった返すプレイルームで、何故か横になって何かを読んでいる銀時が、顔だけこっちに向けた。
一瞬嫌そうな顔をしたのが気になった。
 
「だれ―!?」

 突然小さい子供が興味津々にこちらに近付いてきた。一人近付いてくると、次から次へとくる。質問攻めにたじろいでしまう。

「それ、俺の」

 気が付くと銀時はすぐ側まできていて、群がる子供達にそれだけ言った。
「ふーん」「そっか」と子供達はあっさり納得して散っていった。今の説明で何を納得したかさっぱり分からないが、助かった。

「外出届け、出すかい?」

 園長がそう云ったが、銀時は「いいや」と短く答えてそのままのろのろとプレイルームを出ていく。
こっちはわけが分からずに慌てて銀時の後を追った。

 銀時はトレーナーと下がジャージというラフな姿で、裏口まで行くとサンダルを履いた。

「外出しないんだろ」

 俺がそう聞くと

「うん」

 とだけ答えた。こちらを見もしない事に腹が立ったが、スリッパを下駄箱に入れ、自分のスニーカーを取り出して履く。
銀時は待つつもりが一切ない様子で、出ていってしまう。

 なんなんだ?

 来客用の駐車場を突っ切って、公園のような場所に出た。駐車場は陽を遮るものがない上にアスファルトでジリジリと暑かったが、
ここは丁度いい間隔で木々が植えられていて、木陰が気持ちいい。

 木々の間から、街が見えた。鳥の声が時々聞こえる。

 見晴らしのいい場所までくると、銀時は歩くのを止めて、街を見つめていた。
銀時の右斜め後ろに黙って立つ。すぐ横に並ぶ気になれなかった。ふと横にある木で作られた案内板に目がいく。子供の字で「てんぼうだい」と書いてある。

 銀時がちらりとこっちを見た。さっきのプレイルームでの嫌そうな顔が思い出されて、再び頭にきた。
こっちの方こそ、そういう態度をとりたいくらいだ。

「これ」

 手紙やら宿題やら学校から持ってきた物が入ってる重い紙袋を渡す。さっきすぐ渡して帰れば良かった。

「ん」

 銀時は紙袋を受け取って中をちらりと見ると、すぐに目を街の方へ移す。

「あれ、お前ン家? だよな」

 そう言って指差した方に、黒い屋根の家が小さく見える。

「…かもな」

 一歩前に進み出て、目を凝らす。多分、自分の家だと思う。
こんな遠くから見た事はないからハッキリしないが、方向があってるし、見覚えがあるものも近くに見える。

「ヅラの家も見えるんじゃないか…」

 そう言ってもっと身を乗り出す。自分達の腰の位置よりも高いフェンスに手をかけると、銀時がその手を掴む。
驚いて銀時の顔を見ようと顔を向けると、既に銀時の顔が近くまできていて、唇が触れた。

「!!」

 唇を銀時の舌が舐めて、歯列を割って舌が口の中に入ってくる。体を密着させるように強く腰を引き寄せられた。
セックスの生々しい感触が頭の中に蘇る。恐怖感や不快感だけじゃない、何かも。

 女のようにされた事に対して、憤りだけじゃなく別の感情も抱いた事。

 嬉しいと思った。

 同じだと思った。


 性教育の場では、好きな人とやることだと教えられる行為。

 好きな人?

 俺は銀時が好きなのか。銀時は俺が好きなのか。


 これは好きじゃなくても出来る行為だと思う。
好きじゃなくても出来る行為だからこそ、これに何か意味をつけたいんじゃないだろうか。


 銀時の舌の動きに、舌で応えようとする。

そうすると、またあの不快な悪夢を見た時の感覚を思い出す。セックスの間中あったあの感覚。
たまらず顔を背ける。濡れた唇に風があたってひんやりした。

「まぁ、嫌だよな」

 銀時が自嘲するように笑った。それなのに腕で拘束するのはやめない。
いつ人がくるか判らない事を今更思い出す。でもこうやっているのが心地良い。何か言ってこの拘束を解かれたくなかった。



「お互い、約束破りだって思い出すだけだし」


ヒトコト(2017/08/31)
Twitterの週間銀高さんのお題「約束」用に書いたものでした。
長くなりそうだったので途中でやめてまして…。いや、長くてもいいのかもしませんが…。続きます。

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