【週刊銀高さん「ひざ枕」】




先を歩いている松陽が、どんどん歩いていってしまう。こちらを振り返りもせず。
ずっと、出会った時から抱いていたこの男の印象は今も変わらない。

 必死に呼んでいるのだが、自分の声は声になっていないようだ。
体がひどく重くて、走っているつもりなのに松陽との距離は一向に縮まらなかった。

何故。

 そう云うと松陽は振り向いた。 いつもの笑顔。
そして俺の側へと戻ってきて俺の目の前まで来ると、拳を振り上げた。拳骨がくる!と身を固くしてそれを待つ。

 しかし拳は頭上に降ってくる事はなかった。恐る恐る、顔を上げると先生は少し困った笑顔だった。
先生の口が動く。声は聞こえないが何を言ってるかは判った。



 はっと目が覚めた。今見張りの最中だったと思い出し、慌てて起き上った。櫓の上。日は遠くの山に隠れる所だった。
先生が連れ去られてから、攘夷の気運が高まった。自分達もそのうち戦場に出る事になるだろう。

 今は支援してくれる者達に隠れ家を提供してもらって、幕府の動きに注意しながらこうして機をうかがっている。


「??」

 今まで枕にしていたものをよく見ると、人の足だった。裾から白いふくらはぎが見えている。
足の持ち主はよく知っている声だった。

「ようやくお目覚めか、銀時。のんきなもんだな」

 まだ完全に声変わりしていない、高い声。 高杉だった。

「え? 高杉? うそ、俺寝てた?」

 飛び起きた。こいつのひざ枕ですやすや寝ていたと思うと恥ずかしい。
そういえば先生が連れ去られてからろくに口をきいていなかったのに、ヅラが二人で見張りをしろと言って今この状況だった。

 ここのところ先生の夢ばかり見ては飛び起きてしまっていたから、あまり寝ていない。
ここでうたた寝してしまっても仕方ない、そう自分に言い訳した。

 なるべく高杉の顔を見ないように景色を眺めるフリをする。

 既に日は山の影で、空は夜の火事のように毒々しい色をしていた。
体に纏い付く湿った空気。夜には雨になるだろう。良かった、昼間の見張りで。等とヒドイ事を考える。


「さっき、次の見張りが呼びに来たぞ。テメェが寝てやがるから、もう少ししたらまた来いって言ったよ。…お前はもう行けよ」

 高杉の声。こんな声だったかなと思う。


「お前は?」

「俺は次の奴がまた来たら下りる」

 高杉を見る。さっき俺が起きた時にチラリと見たが、高杉の姿勢が少しも変わっていない。

「?」

 人差し指で、高杉の膝をつついた。

「くっ!」

 高杉は呻いて体が勢いよく前のめりになった。

「…っにしやがるっ!」

 顔を真っ赤にして大きな吊り上がった目でこちらを睨む。

「痺れてたのね、足」

「行け」

 高杉が乱暴に顎で梯子の方を指す。
こんな態度にさせたのは自分なのだが、だったら寝た時に叩き起こして欲しかったのにと少しだけイラついた。


 松陽が何故自分に拳を振り上げる夢なんか見たのか。


 叱られて当然の事をしているからだ。


 高杉が先生を連れ戻すと言い出して一人で行こうとしたり、明らかに俺に苛立ちと同情を感じているのに気付いて腹が立った。
腹が立ったというのは正確ではなかったかもしれない。何か得体の知れない感情が腹の底からジワジワとわいてきた。

 誰か通るかもしれないような場所で高杉を押さえ付けて、随分酷い事をした。
それなのに、始終声を出さないように我慢していた顔を思い浮かべる。


 何故触れるのを許す?

 怒って拒否すればいいのにと全部高杉のせいにした。
いつもみたいに、怒ってくれればやめるのに。怒りではなく、挑んでくるような目で見つめてくるから。


 また、高杉の隣にどっかり座った。

「そんくらいで痺れてるようなヤワな奴一人にしておけねーし?」

「!!」

 一瞬高杉の周りの空気は怒りに満ちた。
しかし、一瞬だけだった。俺が側にいる事を許す空気になる。

 再び、高杉の足に触れた。高杉の体は少しだけ動いただけだった。痺れはとれてきたらしい。
はだけた着物からのぞく足を緩くさする。


 目と目が合う。赤黒い火のついたような空の色。

【終わり】
ヒトコト(2017/08/26)
Twitterの「週刊銀高」さんの2017年08月06日のお題「ひざ枕」。
いつもそうなんですが、お題をちゃんと生かせない…!!

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