「沈む世界」 (シズムセカイ)
赤くて黒い崩壊した街が広がる世界。この世界では何もかも自分の思い通りになる。僕はたった一人でそこに佇む。誰もいない世界の王。
いやにレトロな足つきテレビの上に腰掛けて、赤い自分の世界を見渡す。ひび割れた道路、倒壊寸前の建物群、絵に描いたように崩壊した街。おまけに黒いアメーバのような生き物が徘徊している。治安もクソもない世界の終わりのような光景。座ったテレビは軋み一つ上げない無機質さで、まるでコンクリートに座っているようにひんやりした。
カチリ。
金属音がした。後ろに誰かが立っている。音とともに、自分の後頭部に硬いものがあたる。なんとなく、拳銃だろうと思った。自分が時々手にする銃の感触を掌に思い描く。
「こんにちは、足立透君」
聞き覚えのある声がした。
「君がこんなに馬鹿だとは思わなかったよ」
ナニがおかしいのか、笑っているような声だった。
「一体何の未練がある?あの世界に…」
何を言っているのかわからない。未練?そんなものはとっくの昔になくした。
「僕、わかんないなー、全然判んない。」
後頭部に当てられている金属が強く押し付けられる。痛みを感じた。
「ここでなら僕は王でいられるんだよ? それを君は…」
金属音。
「やっぱりいらないや、こんなもの。」
僕は、好奇心から立ち上がって振り返る。そこには、鏡があった。そこには僕がいて、僕の目は金色で、顔は笑っているのか泣いているのか奇妙に歪んでいた。
「」
鏡の中にいる僕は笑う。
醜い顔で嗤う。
「」
鏡は、まるで融けるように歪んでいった…。
サ――
雨のような音で目が覚めた。薄暗い、自分の部屋。確かに雨は降っているようで雨垂れの音がする。部屋の中から聞こえる、この音はテレビだ…。まだ時間は12時少し前で、砂嵐になる時間ではないのに、室内のテレビは灰色の砂嵐を映し出している。夢を見ていたようだが、思い出せない。心臓が冷えた感覚だけが残っている。冷えた心臓は急にドクドクと躍動しだした。痛みを感じる程に。
僕はじっとテレビの画面を見つめた。色々な物や人がランダムに映る。なんて醜い世界なんだろう、僕にはそう見える。色トリドリのキラキラしたものは全て欺瞞だ。そうやって真実の姿を隠そうとしている。
「…足立」
暗闇の中で、大きな影が動く。
「起きたのか」
大きな影は自分に覆い被さっていた。お互い全裸で、温かい素肌の感触がする。ささやかなテレビの灯りが、その横顔を薄らと浮かび上がらせた。
「うなされてたぞ」
普段なら考えられない優しい手つきで頭を撫でられた。
思い出せないけれど、とても怖い夢を見んですよ、すごく怖かった。そう言いたくてたまらないけれど、とてもじゃないけど言えそうにない。いつも見せる情けない僕と、この情けなさは違うものだから。
「マジですか? 疲れてるからかな、昼間こき使われた上にさっきまではコレだし」
ヘラヘラとそう言うと、堂島さんは苦笑いをもらす。
「わかったわかった」
子供に言うように、子供にそうするように、恋人にするように。僕はこれが欲しかったんだろうか? 表情はよく見えないけれど、この人はきっと時々見せる優しい目をしているんだろう。そう思うと泣きそうになってしまった。
堂島さん、僕ね。人を殺したんですよ。
言ったらどうなるんだろう。言ったら少しはこの得体のしれない苛立ちは霧散するだろうか。この人に言ってしまいたいという衝動と、この人にだけは知られたくないという気持ち。
テレビの中で、誰かが楽しそうに笑う声がする。耳障りで耳障りで嫌なのに、顔には笑顔がはりついたまま。僕は僕らしい作り笑顔で堂島さんを見つめ返した。
【終わり】
ヒトコト
ずっと書きたかった事があるのに、全然まとめられないのが堂足…。(2018/07/08/ 修正)