瞼の裏で踊る




 テレビの中では今流行りのアイドルが笑顔で踊って歌っている。華やかな世界。


  「足立、ビールもう無いのか?」

 堂島さんが勝手にワンルームの台所に立ち、冷蔵庫を漁る。いつもは居酒屋に寄っているところだけど、今回はどちらともなく飲み足りないと言い出した。そして、ついに堂島さんを家に呼んでしまった。コンビニで酒とつまみを買い、テレビに難癖つけながら酒盛り。40代と20代の男二人で。
 本来ならあまり他人を家に入れるのは好きじゃない。最近片付けてないから散らかっていたし、綿埃が部屋の隅にたまっていた。堂島さんはそんな事一切気にした様子はないけども。

  「すみません、まさか買ったの全部飲んじゃうとは思わなかったんで…」

 ちょっと自分の呂律がアヤシくなってきた。マズイ。そろそろお開きにしないと、ボロが出たらまた怒らせるかもしれない。

「あ~、もうそんなに飲んだか?」

 堂島さんって実は滅多にベロベロになる事はない人だったらしいけど、先日の酔い方は酷かった。肩を貸しながらなんとか家まで送り届けたけど、子供相手になんか変な事言い出してたから不安だ。相当ストレスが溜まっているんだろうな、僕もこういうおじさんになるのか?

   堂島さんの後姿を見つめる。
唯、性格はともかくこの人スタイルが良いんだよなぁ…。40代のオヤジだったらもっと腹出てても良くない?身長高いし、ガッシリしてるし。

 僕の心のツブヤキが聞こえたみたいに、クルっと堂島さんがこっちを向いた。なんか表情が…変だ。訝しむ表情とはこれか。

「何ジッと見てるんだ?かなり酔っぱらってるな」

自分だってこの間…と言いたかったけど、これは止めた。

「いや、格好良いお父さんだなぁって思って。奈々子ちゃんの自慢のパパなんでしょうねぇ~」

そんな軽口がスッと出た。堂島さんは一瞬眉間に深い皺を刻んだ。なんかマズイ事言った?

「…どうだろうな」

  低い声。怒らせた時だってこんな声で話はしない。ゾッとした。地雷踏んだ?どの辺が駄目だったんだろう。

  …ゾッとしたのに、何かおかしい。グイグイ引っ張られるみたいに、堂島さんが磁石にでもなったみたいに、引っ張られる錯覚がする。酔いが回ってグラグラしているだけなのか?引っ張られる感覚に逆らおうとする。

堂島さんが慌ててこっちに駆け寄ってきて僕の頭の後ろに手を入れた。どうやら僕はひっくり返りそうになっていたようだ。天井と堂島さんの顔が見えた。座った姿勢からひっくり返るんだし、たいしたことにはならないだろうに。慌てた表情の堂島さんが可笑しかった。
ふふふっと笑いが漏れる。自分の笑い声が可笑しくて、もっと笑いたくなる。笑い上戸になったみたいに。ああ、楽しい。目の前で花が踊る。いや、

   ハイスピードカメラが写す、花が咲く瞬間のようだ。

  堂島さんは不思議そうに僕を見下ろしていた。いや、心配しているのかもしれないけれど、今の僕にはこの人の表情は読み取れない。時々見せる堂島さんの暗い表情。それが今黒い触手を伸ばしてくる感覚しか判らない。これは何だろう。この人の中にも、僕の中にあるような闇があるのだろうか。

   あの暗い画面の中を覗き込んだ時に、似ている。マヨナカの、テレビ。

  堂島さんがそっと僕の頭をフローリングに下ろす。大きな手の熱い感触が去っていき、冷たい板の感触に代わる。堂島さんは肩をゆすって笑う僕の横に膝をついて、僕を静かに眺めていた。
何か言って欲しいけど、堂島さんは何も言わなかった。無言で側にあったクッションをとって再び僕の頭の下に手を差し込み、持ち上げてクッションを僕の頭の下に入れた。

  「足立、やっぱりそろそろお開きにするか」

  僕に話しかけた筈なのに、まるで自分に向かって言っているように呟くと、ツマミが乗った皿や缶を片し始めた。段々と冷静になり始めた僕は、ゆっくりと身体を起こそうとする。堂島さんはそれを見て、いいから寝てろと言う。言った気がした。

   テレビの中のアイドルの歌が、無音だったと思い込んでいた部屋の中に響いた。あれ?ずっと歌ってたんだ?と我に返った。音が無い世界だったよ、今の今まで。
 黙々と片付ける堂島さんの姿を眺める。自分の領域に、堂島さんがいるのが不思議だ。

 不思議だけど、不快ではない。

不快で無いどころか、ずっとここにいて、その声で、話しかけてくれていればいいのに。僕が眠るまで。

   台所の水音が止む。僕はいつの間にか目を閉じていた。

「寝たか?」

 堂島さんの声が降ってきた。返事が出来ない。身体が沈んでいく、気持ちいい感覚。

 
   堂島さんが困るだろうなと思いながらも、瞼の裏に咲く花を眺めながら、僕はゆっくりと落ちていった。


【終わり】

ヒトコト
タイトル替えて上げ直しです。ポ○ノグラ○○ティさんの「ジョバイロ」という曲聴きながら…。

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